2018-01-01から1年間の記事一覧
京都の東山に臨済宗東福寺派の大本山、 慧日山(えにちざん)東福寺があります。 京都五山のひとつで、第四位の禅寺です。 25の塔頭寺院がある大寺院です。 また、この寺は、紅葉の名所として 親しまれています。 三門 三門は1425年に再建されたもので、…
長野県東御市にある海野宿は、 北国街道の宿場町でした。 北国街道は、中山道の脇街道で、 追分で中山道と別れ、善光寺を経て、、 直江津で北陸道に合流します。 海野宿 海野宿は6町に渡り街並みが続き、 本陣1軒と脇本陣2軒ありました。 参勤交代の大名…
旧東海道の有松は、池鯉鮒宿と鳴海宿 の間に出来た町でした。 絞り染めの有松絞りで発展し、大きな商家の立ち並ぶ 街になりました。 有松では、豪華な山車が町内を練り歩く祭りがあります。
中世、醤油発祥の地と言われる湯浅の 北町通りには古い醤油蔵が立ち並び、 近くを通ると醤油の強い香りがしました。 醤油蔵 この先を行くと、角長のお醤油屋さんがありました。
千葉県の北東部、利根川沿いの 香取市にある佐原は、 小野川沿いに古い町並みを残します。 正上醤油店 正上醤油店は創業寛政12年で、油を扱っていましたが、 天保3年から醤油の醸造に転じています。 店舗前の小野川の岸には荷上場があります。
長野県塩尻市にある奈良井宿は、 旧中山道の木曽路11宿の一つです。 その中で標高が一番高く、 難所の鳥居峠を控え 賑わい、奈良井千軒と呼ばれました。 中村邸前(右側) 旧中村邸は、塗り櫛の問屋を営んでいました。 建物は天保年間の物です。
山口県の日本海側にある萩市は、 中国地方を制覇した 戦国大名の毛利家の藩都でした。 もとは広島に本拠がありましたが、 関ヶ原後に周防長門の大名に減知され 藩都を山陽側に置くことを認められませんでした。 萩の武家屋敷を歩くと、幕末に活躍した武士の…
長崎の南山手の高台にグラバー園があります。 ここは、イギリス人商人のグラバーが開港直後から 絹、茶、武器の輸入に携わりました。 ここから、長崎港を見下ろせば、 港の隅々まで見通せます。
江戸時代天領として栄えた倉敷には、 高梁川と児島湾を結ぶ、 運河として倉敷川が造られました。 つるかた 倉敷川の流域には大きな蔵やお屋敷が並びます。
泊まったホテルから宮川を渡ると、 朝市の準備中でした。 まだ早いとは思いましたが、 昨日行った古い町並みに足を運びました。 古い町並み 昼間は観光客で溢れた通りは、 まだ静けさの中にありました。
広島市から車で2号線を使い一時間半で、 竹原の街中に着きました。 ここは室町時代から知られた港町で、江戸時代 塩の生産で栄え、酒造業も発展しました。 街並み保存地区には、昔ながらの街並みが残っていました。
旧中山道の宿場町馬籠宿は、 山の尾根道に造られているので、 宿場町の街道も 結構急な坂道になっています。 馬籠宿 こういう地形の場所で怖いのは、火事です。 水の利が少なく、下の家屋から出火すると 次々と延焼してしまいます。 馬籠宿も何度も火事に逢…
佐賀県の南西部の有明海に面した所に、 長崎街道の脇街道の宿場町や有明海の湊町 として江戸時代に栄えた肥前浜町があります。 今も酒造りが盛んで、世界一の日本酒に輝きました。 そんな街中は、酒蔵の白壁土蔵が目を引きます。 肥前浜町
尾道は広島県東部の瀬戸内海沿いの 尾道水道に面しています。 小説や映画に登場します。 平地が少ないので市街地は 北側の斜面に密集して坂の街と言われています。 尾道 行った日は冬の寒い日で、鉛色の空が広がっていました。 向島には造船所が見え、尾道水…
大分県臼杵市は、大友宗麟が臼杵城に 籠って、島津軍の猛攻を凌いだ所です。 その後臼杵は、美濃から稲葉氏が入り 明治まで治めました。 長屋門 そんな臼杵の街中に、長屋門を見つけました。 門の中は、現在お住まいでしたので、外から 見させていただきまし…
清水寺から産寧坂を下って来ると、 三年坂美術館の先から道は左に曲がります。 その道を右に降りると二寧坂まっすぐ行くと、 法観寺に行きますが、この辺りから 法観寺の五重の塔(八坂の塔)が見えてきます。 八坂の塔
今は福岡県うきは市になっていますが、 筑後平野に吉井町がありました。 ここは、有馬藩の久留米と天領の日田の間で、 旧豊後街道の宿場町として賑わった所で、 白壁土蔵の家屋や水路が今に残っています。 吉井町 街には大きな白壁の家屋が多く、 江戸期には…
薩摩、大隅の七十七万石の大名 島津家の居城は、城山にある鶴丸城でした。 慶長九年(1601年)に造られ、 今は堀と石垣のみ現存します。 明治初めの古写真には、堀を渡ったこの場所に、 壮麗な御楼門が建っていましたが 今は城の中を含め、何もありませ…
瓦葺きの大屋根と分厚い防火扉の 窓のある蔵造りの街並みを右に渡ると すぐそこに、時の鐘が見えました。 時の鐘 江戸寛永年間、川越藩主酒井忠勝により造られましたが、 度々焼失し、そのたびに再建されました。 今も日に4回、蔵造りの街に鐘が鳴り、時を…
倉敷の美観地区にある旧大原邸から 橋を渡ると正面に、大原美術館がありました。 ここは日本最初の西洋美術館です
富山県の県境に近い白川郷は、 気温氷点下2度で積雪しています。 前に訪れたときは、田植えの季節で 緑が萌え出ずる時期でした。 白川郷 変って、今は雪に閉ざされる冬の訪れの頃となりました。 もう私の古い車では、近づけません。
佐賀県の有明海西部にある塩田津は、 長崎街道の宿場町として、 また塩田川の水運を利用した川港として、 江戸時代栄えていました。 今も、大小の町屋が軒を並べています。 白漆喰の居蔵造りの大型家屋が目を引きます。
今は名鉄の有松駅が出来、 すっかり都会になって、 国道一号線からも離れています。 有松は、織田信長の桶狭間 の合戦で有名な戦跡が町内にあります。 また、江戸の初めに東海道が 整備されたころは、桶狭間村に属し、 広陵とした松林の生い茂る丘陵でした。…
千葉県の北東部の利根川沿いの 水郷の佐原は、小野川沿いに 古い商家の町並みを残します。 江戸の初めは、伏見城で討ち死にした、 鳥居彦右衛門の領地でした。
京都の清水寺から産寧坂を下って 清水三年坂美術館の先から 道は左にカーブして まっすぐ行くと八坂の塔(法観寺)、 右に行くと二寧坂があります。 途中に、湯豆腐のお店がありました。
川越の連雀町のホテルから大正浪漫夢通りを 街並みを眺めながら歩いて行きました。 元はアーケードのあった古い商店街 だったと聞いていましたが、 なるほど、趣のある新しくなった 街だと思いました。 突き当りの横には、元銀行の 川越商工会議所があり、 …
大分市にある府内城は、鎌倉時代から この地を治めた大友氏の城ではなく 大友氏改易後に、福原直高が築城した城です。 12万石の城としては、大きな城です。 府内城 堀に門や櫓がある為、堂々としていますが、地震や、火事、空襲で、 4層の天守もありました…
大昔、二振りの太刀が出てきて、 それを祀った神社が鉾納社です。 苔むした山門の前には、樹齢七百年を 超える大きな夫婦杉が迎えます。 鉾納社
長良川が南北に流れる美濃市は 岐阜県の中央部に位置しています。 その役所に近い、うだつの上がる街並みに 今井家住宅はあります。 今井家住宅 江戸中期に建てられたもので、 今井家は庄屋で紙問屋を兼ねていました。 入るとすぐ、帳場があり、 天井を見上…
鹿児島市から薩摩半島からを南下すると、 高い石垣と生垣に囲まれた武家屋敷がありました。 薩摩藩は、家臣を領内に分散して居住させていました。 それを外城と言います。 知覧武家屋敷 .