2021-08-01から1ヶ月間の記事一覧

備中松山城

岡山県を南北に流れる高梁川を遡ると、 江戸時代は備中国の松山藩がありました。 ここのお城は、480メートルの臥牛山に築かれた山城です。 麓の城下から歩いて一時間かかるので、この城は籠城する時の城で 普段は、麓の城下に御殿を建て、住んでいました。

赤穂城下お成道

赤穂城から浅野家の菩提寺までは、 お成道と呼ばれていました。 この道の突き当りには、菩提寺の花岳寺があり、 その道の途中に、藩儒の赤松滄州邸の道向こうに 古い商家がありました。

出石城

出石は兵庫県の北部、昔の国名で 言えば但馬の国にあります。 室町時代、但馬の国の守護は、 山名氏で、此隅山に城がありました。 羽柴秀吉が攻め落城させ、 山名氏は滅びました。 この城を明治まで治めていたのは、仙石氏で、 宝永3年、信州上田から転封で…

福知山街巡り

京都府の北西部にある福知山は、 明智光秀が城を築いた古い城下町で 山陰から来た道が、京都に向かう、 京街道が通っていました。 その京街道(山陰道)は道幅も狭く 今は一方通行の道となっていました。 ここ辺りは寺が多く、たぶん町名も寺町と思います。 …

地蔵湯~城崎温泉外湯七湯

兵庫県の北部の豊岡にある温泉地、城崎は、 兵庫県を代表する有馬温泉と並ぶ温泉地です。 おおたに川の流域に、七つの外湯を主にする温泉地です。 江戸時代から多くの村人が入浴する里人の外湯 として親しまれていました。 この湯の源泉から地蔵尊が 出たこ…

赤穂城大手門と隅櫓

忠臣蔵でお馴染みの赤穂は、兵庫県の南西部 昔の国名で言えば播磨の国です。 藩主は浅野家で、広島の本家浅野家の分家です。 その浅野長直が建てた城が赤穂城で、 3代目の城主があの内匠頭の浅野長矩でした。

川越街歩き

川越の蔵造の街並みには、本瓦の大屋根に、 分厚い壁に、観音開きの防火扉の窓の 商家が立ち並んで居ました。 その通りから東の方に曲がると、時の鐘が 高い位置に見えてきました。 曲がり角には酒屋さんがありました。

出石(いずし)街巡り

兵庫県北部にある出石は、但馬の国の城下町で、 江戸時代信州上田から移ってきた仙石家の城下町でした。 ここは5万石ぐらいの小さな城下町で、 道は碁盤の目に整備されています。 名物は、出石そばで、仙石家が信州から持ちこんだものです。 そんな出石の街…

福知山街巡り

福知山の鋳物師町から寺町に車を走らせると、 由良川沿いに道は狭くなり、道沿いの石碑には、 京街道、山陰道と書いてありました。 蔵造の町屋の横の石段を上ると、由良川の河原に出ました。

花岳寺~赤穂

兵庫県の西の端に、播磨灘に面する赤穂があります。 その赤穂のお城のお堀から延びるお成道の突き当りに 花岳寺があります。 ここは曹洞宗のお寺で、赤穂藩主の浅野氏が建てた お寺です。 浅野家の菩提寺となっていて、 義士の遺髪を収めた義士墓所がありま…

城崎温泉外湯巡り

兵庫県北部ある豊岡の城崎温泉は、 大谿川(おおたにがわ)流域に七つの外湯があります。 与謝野鉄幹が「手拭を下げて外湯に行く朝の 旅の心と下駄の音」と詠んでいます 鴻の湯 鴻の湯は、千四百年前コウノトリが傷をいやしていた事から、 発見された最古の…

赤穂城本丸表門

兵庫県の西の端の赤穂は、播磨灘に面しています。 赤穂城を中心にした城下町で、元禄の忠臣蔵で有名な 赤穂浪士の故郷です。 浅野氏が築いた城は、元和偃武後の築城で 5万石の外様大名の割には、規模が大きく、 赤穂の塩の恩恵を受けていたのかもしれません…

福知山城~丹波国

福知山城は、福知山盆地の中央に突き出た 丘陵の先端部にあり、 東から西に流れる由良川が堀となって、 城の守りを固めています。 この城は、明智光秀が天正7年に築いた城で、 天正10年の本能寺の変後の光秀の敗死により 城主は点々と代りました。 今ある城…

城崎温泉~

兵庫県北部の豊岡に城崎温泉はあります。 有馬、湯村と共に兵庫県を代表する温泉地で、 1500年の歴史があります。 7つの外湯を主とする温泉地で、 大谿川 (おおたにがわ)沿いに 3階建ての温泉宿が立ち並びます。

大石内蔵助邸長屋門~播州赤穂

今は兵庫県の播磨灘に面する赤穂は、 元禄江戸の世を騒がせた吉良邸討入りの 赤穂浪士の故郷です。 元禄14年浅野家3代浅野長矩は、江戸城松の廊下で、 高家筆頭の吉良上野介に切り付け 切腹、お家断絶になりました。 公儀の一方的な断罪を、承服できない浅野…

大通寺~長浜

琵琶湖の北東にある長浜市は、 豊臣秀吉の故地で 秀吉が建てた城は、 大坂夏の陣の後暫くして、 廃城となりました。 長浜城の部材は、彦根城に再利用されました。 廃城となった長浜城の址には、 浄土真宗大谷派の道場が建ち、 その道場は別の場所(今の場所…

飛騨高山古い町並み

岐阜県の北部の飛騨地方にある高山は 白山山地と飛騨山脈に囲まれた盆地にあります。 そんな高山は、日本海気候に属し冬場は寒く、 降雪も多くなります。 高山の古い町並みは、江戸時代城下町で、 古い商家の町並みを残します。

おかげ横丁~伊勢市

伊勢市にある伊勢神宮内宮前の おはらい町に、江戸末期から明治の初め にかけて流行したおかげ参り。 その頃の伊勢路の建物を移築して、当時の 雰囲気を再現しています。 伊勢うどんや手捏ね寿司、伊勢路の名物が並びます。

旧野村家住宅~山口市

山口市の萩往還に面した大きな建物は、 野村家住宅と言って、 かっては造り酒屋を営んで居ました。 今は山口伝承総合センター学び館になっていました。

豊後杵築~城下町

大分県の国東半島の南の付け根に、 杵築があります。 ここは江戸時代5万石の 小さな大名の城下町でした。 南北に2つの丘があり、この丘の上は武家地で、 その間の谷が、商人が店を構える所でした。 丘と谷を結ぶ坂道には、名前がついていて、 酢屋の坂、飴屋…

上嵯峨屋~妻籠宿

旧中山道の宿場町妻籠は、 蘭川の東岸に位置する 42番目の宿場町でした。 その宿場に、場所は離れていますが、 2軒の嵯峨屋の木賃宿がありました。 上嵯峨屋は、南にある木賃宿で、庶民の宿でした。 木賃宿は、食料を持参し、そこで煮炊きをして、 燃料代の…

京都文化博物館

京都の中京区三条高倉に、京都の歴史と文化を 紹介する施設として京都文化博物館が 昭和63年に開設されました。 ここの別館で、もともとは日本銀行 京都支店として建てられた 赤レンガの建物が隣にあります。

頼久寺~高梁市

岡山県を南北に流れる高梁川の流域にある高梁は、 備中の中心地として栄えました。 そんな高梁の頼久寺町に、足利尊氏が 諸国に建てた安国寺の一つの頼久寺があります。 頼久寺の庭園は、禅院式枯山水蓬莱庭園で、 小堀遠州の初期の庭園です。

馬籠宿~旧中山道

旧中山道の43番目の宿場町馬籠は、 中央南アルプスの南端にあり、 木曽路11宿の中で一番南にある宿場でした。 山の尾根道の途中に出来た宿場で 町中を通る街道も坂道になっています。

高山浮世絵館~画侖

高山の市政記念館の近くに、一棟貸しの宿 高山浮世絵館画侖があります。 浮世絵を堪能できる宿画侖は、築90年の古民家を使った 一日一組限定の宿でした。

東福寺仏殿

京都の東山にある東福寺は、 紅葉の名所としても知られる臨済宗のお寺です。 このお寺も長い歴史の中に、火事による焼失がありました。 一番後は明治14年の火災で、法堂、仏殿などの 主要な建物が消失しました。 東福寺には、2メートルの左手が残されていま…

五條の古い町並み~五條新町

江戸時代の初めに、二見に城を築いた松倉重政は、 二見と五條村との間に新町を企画しました。 その新町も古色を帯びています。

犬山城

木曽川のほとりの小高い山の上に天守がある、 犬山城は、室町時代の天文6年に築かれました。 天守が現存する12の城の一つで、 国宝に指定された5つの城のひとつです。 少し前までは、尾張藩の家老の成瀬氏の 城でした。