佐原小野川沿い~

 千葉県の北部、香取市にある佐原は、

小野川沿いに古い商家の街並みを残します。

 

小野川にかかる忠敬橋の西詰の角に、

古い商家が建っていました。

 

ここは、中村屋商店と言って、代々荒物や

雑貨を商ってきました。

 

今は商家ホテルになっている店舗兼住宅は

安政2年(1855年)に建てられたとされます。

 

      

 

その横の3階建ての蔵は、明治25年の

大火後に建てられました。

 

 

 

 

 

 

 

竹原本町通り~松阪邸

 瀬戸内海の要衝で、古くからの港町でもあった竹原は、

江戸後期には塩田による塩の生産が盛んになりました。

 

ここで作られた塩は、遠く江戸大坂まで北前船で運ばれました。

またコメの集散地となった関係で、酒造業も発展しました。

 

そんな竹原の古い町並みには、江戸文政年間に建てられた

松阪邸があります。

 

       

 

石炭問屋、塩田経営、廻船問屋を営んでいました。

蔵の町喜多方~北会津

 会津地方の北部に位置する喜多方は、

喜多方ラーメンで知られていますが、喜多方旧市街には

二千六百棟の蔵があると言われています。

 

酒蔵、味、醤油蔵、漆器蔵など、ここの産業に結び付いたものから

店蔵、商品蔵、座敷蔵、隠居蔵、物置蔵など多種の蔵が存在します。

 

    

 

通りを歩いていても様々な土蔵や蔵に遭遇します。

 

御手洗~大崎下島

瀬戸内海に浮かぶ大崎下島の御手洗は、

江戸時代北前船の寄港地でした。

 

そんな船の寄港で賑わった御手洗の町には

折れ曲がった細い路地が巡っていました。

 

        

 

小さな島ですが、訪れた人は、ビックネームの知名人でした。

 

神功皇后、菅原道真、平清盛、加藤清正、七卿、伊能忠敬、シーボルト

吉田松陰、坂本龍馬などです。

 

和歌山城(虎伏城)~紀州和歌山

 和歌山城天守は、戦前の国宝にも

指定されたところでしたが、

昭和20年の和歌山大空襲で焼失して

戦後になって再建されたものです。

 

 

徳川御三家紀州藩の城として知られていますが、

豊臣秀吉の弟秀長が紀州平定の後に、建てた城で

その後、浅野家が入り、徳川頼宣が55万石で明治まで続きました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

磯矢邸~杵築

大分県の国東半島の南に杵築がありました。

 

ここは江戸時代、台山に城のある

三万二千石の城下町でした。

 

二つの丘があり、その間の谷に、商人の町があり

丘の上の武家地を坂道がつないでいました。

 

 

磯矢邸は、加藤与左衛門、二百石の屋敷で、

この辺りは北台家老丁と藩政時代は呼ばれていました。

 

伝統産業館~相倉集落

 富山県の南西にある南砺市の山の中に、

合掌造りの郷がありました。

 

ここは庄川の流域で、冬場は豪雪地帯で、

雪に閉ざされます。

 

そんな相倉集落に、伝統産業館と銘打った建物がありました。

もちろん、合掌造りの郷ですから、建物は合掌造りでした。

 

     

 

 

ここは江戸時代の五箇山の三大産業の塩硝、

養蚕、和紙作りの道具を展示しています。