小江戸~佐原 二

 佐原に2月に行ったのは、対岸から見る時、柳の枝が伸びていると、       見通しが効かないなと思い、芽が芽吹かない、寒い時期にしました。
しかし、柳と柳の間隔はかなり離れており、杞憂でした。

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ところで、家康公の江戸入府時、ここ佐原の領主は、家臣の鳥居彦衛門元忠公で、矢作4万石を与えらていました。その元忠公は関ヶ原の合戦の前に、大坂方を相手に、伏見城で討ち死にしました。