2022-01-30 伏見城 伏見城といえば豊臣秀吉の隠居城 として造られました。 しかし、最初の伏見城は慶長伏見大地震で崩れ、 別の場所に再建されました。 豊臣秀吉の死後、関ヶ原の合戦が起こりましたが、 その前哨戦という形で徳川方が伏見城に 籠りましたが、落城しました。 伏見城はその後徳川家の手で、再建されましたが 5年で廃城になり、その跡は一面の桃畑になりました。 今現存する伏見城は、遊園地がまた別の場所に造ったものですが その遊園地は解散して、公園になっています。 廃城になり桃畑になった伏見城は、 明治天皇の御陵の一部になって立ち入ることはできません。