2021-03-16 三州街道足助宿 三州街道は、三河岡崎から信州塩尻を結ぶ道で、 塩の道と呼ばれていました。 三河湾で採れた塩は、矢作川を舟で運ばれ、 足助宿では、その荷を馬の背に乗せ換えて 塩尻まで運んでいました。 宋恩寺に続く参道は、白壁の家と家の間をすり抜ける 路地にありました。
2021-03-15 月見櫓~高松城城 四国高松城の月見櫓は、瀬戸内海に突き出て、 出入りする船を監視していました。 この櫓は延宝4年(1674年)に建てられました。 今は海が埋め立てられていて、 海の方からの眺望です。
2021-03-13 日田 九州を代表する大河の筑後川を遡ると、 大分県の日田に行き着きます。 日田は幾筋かの川が合流する盆地にあり 春から秋にかけて朝夕に発生する底霧に覆われます。 江戸時代は天領で、豆田町に当時の雰囲気を残します。
2021-03-12 平戸 平戸は、九州本島の北西に位置する島で、 今では平戸大橋で九州と結ばれています。 今でこそ、何でもない島ですが、鎖国前は 中国、オランダ、ポルトガル、イギリスの船が 出入りする国際貿易港でした。 当時は、南蛮貿易に沸いた港でしたが、 その後の鎖国で、一変して松浦氏の城下町となりました。 このお城は鎖国の後に建てられた城です。
2021-03-11 伏見城 伏見城は、豊臣秀吉の隠居城として造られました。 場所は京都の東山の丘陵が南に続く南端で、 最初に造られたのは指月山でしたが、慶長伏見大地震により 崩壊して、木幡山に再建されました。 その後、秀吉は亡くなり、関ヶ原の前哨戦で、この城は落城しました。 落城した伏見城は徳川家康の手で再建されましたが、結局廃城になりました。 今あるのは、また別の場所に、 遊園地が造った城ですが、遊園地は解散しています。
2021-03-10 安藤家住宅~長浜 長浜の城下を通る北国街道に、 古い屋敷が残っていました。 ここは安藤家住宅と言って、豊臣秀吉が城主であった頃 長浜町の十人衆筆頭の三年寄りを務めた安藤家は、 幕末から東北に進出して、百貨店中合の創業家となりました。